2009年7月17日 (金)

祇園祭 (1964-66年)

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祇園祭の山鉾巡行。

東山魁夷も、蒸し暑い京の町を感じながら、”コンチキチン”の祇園囃子を聞いたのでしょう。

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鉾の出発の合図は、「エンヤラヤー♪」の掛け声。

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祇園囃子と「エンヤラヤー」の掛け声が、細い路地(ろーじ)に響きます。

細い新町通を通る鉾の姿は、40年以上も前に魁夷が見た光景と同じだったと思います。

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2009年7月16日 (木)

宵山 (1964-66年)

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”コンチキチン”という祇園囃子の流れる中、四条烏丸付近は、祇園祭一色になります。

それぞれの鉾町では、厄除けのちまきを販売し、鉾に乗せてもらっていました。

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夕暮れが迫ってきました。

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細い路地(ろーじ)には、露店が立ち並び、すごい賑わいです。

この光景も、40年前からの光景でしょうか。

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日が沈むにしたがって、宵山の人出も、最高潮になりました。

   

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2009年4月10日 (金)

花明かり(1968年)

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川端康成が東山魁夷に言ったように、京都はどんどん変わっていきます。

そして、生き物である樹木は、樹命の中で、代替わりをしていきました。

円山公園の枝垂桜も然りです。

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しかし、東山の向こうから登ってくる月は、彼が描いたときの月と変わっていませんでした。

ちょうどお月様の周りには光の輪の輝きが見えていました。

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彼の描いた時は、たぶんこのようなイメージで東山のほうから月が昇ってきたのでしょうか。

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でも、枝垂桜も40年前に描いたものとは違っていました。

最高傑作の「月明かり」は、やはりあの時に描いていなければ、二度と描くことはできなかった傑作であったことを強く感じました。

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2009年1月29日 (木)

月篁(1967年)

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篁(たけむら)とは、竹の林、竹やぶのこと。

嵯峨野の月明かりの中の竹やぶを描いています。

彼は、嵯峨野を訪れた時に嵯峨野に泊まって、月明かりの中の竹やぶを散歩したのでしょう。

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昼間でも暗い竹やぶの中。

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人のいない竹やぶの中は、竹の葉が風で揺れる「ざわざわ」という音が響き渡っていました。

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月明かりなら、もっと幻想的な世界だったことでしょう。

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2009年1月25日 (日)

雪の後(1968年)

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「雪の後」は、北山杉のふるさと中山地区の雪景色が描かれています。

雪の降った後、枝に積もった雪は解け、杉の切り倒された山肌に雪が残っています。

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雪の中でも、磨かれた杉が寒さの中で耐えていました。

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この寒さを耐えることで、北山の磨丸太は、素晴らしさを増すのでしょう。

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こんな風景も、きっと魁夷の目にも入ったことでしょう。

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2009年1月23日 (金)

池澄む(1968年)

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この作品は、紅葉の華やかな時期が過ぎ、冬の曇天の時期の静まり返った天龍寺の「曹源池庭園」を描いたものです。

東山魁夷は、その中でも、池の中心の石の島、奥の枯山水の龍門の滝と石橋、そして右手の三尊仏をすべて凝集した形で描いています。
中国の「登竜門」の故事にちなむ滝。
人生には幾度か難関を通りぬけねばならないことがあり、これを跳び越え向上することを「登竜門」と称するのだそうです。

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曇り空が一転して冬の日差しが射して、曇り空になるのを待っての撮影でした。
紅葉が過ぎても、庭園には鮮やかな花が咲いていました。

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この黄色い花は、「蝋梅」。
蝋細工のように透き通った花びらを持つこの花は梅ではありませんが、梅のような良い香りが漂っていました。

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彼が描いた「土塀」の前の梅の木には、もう春を待つように芽が出ていました。

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2009年1月11日 (日)

北山初雪(1968年)

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「北山初雪」は、1962年に発表された「冬の花」と同じ場面が描かれています。

枝ぶりが異なっているので、再度この地を訪れて描かれたのだと思います。

「冬の花」同様、絵と同じ構図の風景はどうしても見当たりません。

時間と創作のせいでしょうか。

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枝打ちされた杉に、雪が付いている風景は、絵と同じでした。

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雪の中、八重子と苗子の銅像は、雪の北山杉を見ていました。

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2009年1月10日 (土)

冬の花(1962年)

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「冬の花」は、彼の作品の中でよく出てくる北山杉を描いた作品。

この作品は、「古都」を書いた川端康成が昭和36年に文化勲章を受賞したお祝いにと書かれた作品です。

この風景は、北区小野下ノ町の北山杉資料館の横にある北山グリーンガーデン内からのものです。

47年も前の風景なだけに、杉の大きさ自体も異なり、特定しにくかったです。

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なぜこの場所かというと、ここには、川端康成の「古都」の舞台となったことを示す千重子と苗子の「再会」の場面の銅像があります。

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同じ場所には、川端康成の碑が建っています。

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川端康成に、「京都は今描いといていただかないとなくなります。」と言われて「京洛四季」のシリーズを書き始めた東山魁夷。

きっとこの地を訪ねたはずです。

そして、彼はまったく同じ場所の雪景色を、「北山初雪」(1968年)として描いています。

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2009年1月 9日 (金)

二条城の石垣(1964-66年)

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「二条城の石垣」は、入ってすぐの東大手門左側の石垣です。

ちょっとした石のシミもきっちりと表現されています。

この東大手門は重要文化財に指定されています。

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二の丸御殿の大広間は1897年(慶応3年)に15代将軍慶喜が大政奉還を発表した場所。

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鴬張りの廊下は、歩くとキュッキュッと音がします。

曲者の侵入に備えた手段だったといいますが、趣があって風情を感じます。

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大広間の外側の縁側の床の木には、長い月日を重ねた年輪が、美しい皺を作っていました。

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2008年11月30日 (日)

散り紅葉(1964-66年)

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この作品は、「秋寂び」の光悦垣が描かれた光悦寺の楓の落葉が描かれています。

12月に入ってもまだ紅葉が楽しめますが、雨などが降るにつれ、落葉が目立ちだします。

曼珠院の散り紅葉です。

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円通寺の散り紅葉です。

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岩倉実相院の散り紅葉です。

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散り紅葉も風情があって美しいものです。

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